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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)7575号 判決 1982年2月22日

原告

株式会社日建工務店

右代表者

浦川豊

右訴訟代理人

小林茂実

丸山俊子

山岸美佐子

被告

株式会社東和プラニング

右代表者

對中義典

右訴訟代理人

小河原泉

被告

井吹晉

右訴訟代理人

足立憲英

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

1  次の判決

(一) 被告株式会社東和プラニングは、原告に対し、金二六〇万円及びこれに対する昭和五四年一一月二日から支払いずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

(二) 被告井吹晉は、原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する昭和五四年一一月二日から支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は被告らの負担とする。

2  仮執行の宣言

二  被告株式会社東和プラニング(以下「被告会社」という。)

次の判決

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  被告井吹

次の判決

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、不動産仲介業者である。

2  原告は、被告双方とそれぞれ仲介契約を締結し、左記物件(以下「本件土地」という。)について仲介した結果、昭和五四年八月七日、売主被告会社と買主被告井吹との間において、代金総額一億一五二〇万円で売買契約が成立した

物件 世田谷区瀬田一の九七三の三、五及び一三の一部

登記簿上の面積 490.27平方メートル

実測面積 424.24平方メートル

私道 226.1平方メートル

持分一〇分の一

3  前同日、被告らは、原告に対し、本件土地の移転登記がされる日までに、仲介手数料として、被告会社は金三一〇万円を、被告井吹は金二〇〇万円を、それぞれ支払うことを約した。

4  本件土地の移転登記は昭和五四年一一月一日にされた。

5  よつて、原告は、被告会社に対しては、右仲介手数料三一〇万円から既に支払をうけた五〇万円を控除した残金二六〇万円及びこれに対する期限後の昭和五四年一一月二日から支払ずみに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を、被告井吹に対しては、右仲介手数料二〇〇万円及びこれに対する期限後の昭和五四年一一月二日から支払いずみに至るまで商事法定利率六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被右会社の認否と主張<以下、事実省略>

理由

一請求原因第1、2項の事実は当事者間に争がなく、原告と各被告間で原告主張のような仲介手数料を支払うことを約したことは、原告と各被告との関係では争がない。

二被告らは、原告は本件土地の仲介について仲介業者としての義務を履行していないから報酬請求権は発生しない、と主張する。

そこで、以下この点について検討する。

1  <証拠>を総合すると次の事実を認めることができ<る。>

(一)  被告会社は、昭和五四年二月ころアングリスト株式会社より本件土地を買い受け、直ちにこれを売却するため広告を業者間に配布したところ、原告が売買の仲介を申し込んできたので、原告に対し現況のままこれを売却することの仲介を依頼した。

(二)  原告会社の代表者である浦川は、本件土地の売主である被告会社が不動産業者でもあつたので、本件土地の建ぺい率など建築基準法上の一般的な建築制限事項を調査しただけで建築について他に特段の制限はないものと速断し、かねて住宅用地を求めていた被告井吹に本件土地を紹介した。

(三)  被告井吹は、同年八月初旬原告代表者浦川の案内で現地を訪れ、同人から本件土地の建ぺい率は四〇パーセント、容積率は一〇〇パーセントであるが、他に特段の制限はないから、同被告が希望するどのような建物でも建築することができるとの説明を受けたうえ、このような物件は他にないから早急に契約を締結するよう熱心にすすめられたので、当事者間に争のない事実のとおり同月七日被告会社との間で売買契約を締結した。なお、その際原告より被告井吹に交付された物件説明書には、建築基準法による一般的な制限事項のほか特段建築についての制限のあることを示す記載は、なにもなかつた。

(四)  被告井吹は、建物の建築については訴外株式会社櫻本工務店に依頼することにしていたので、同社の代表者の櫻本隆に念のため本件土地について関係官庁において調査をしてもらつたところ、本件土地の道路側の擁壁に亀裂があるため擁壁を作り直すか道路より四五度の斜面の後方にでなければ建物を建てることが許可されないこと及び本件土地の下に設けられている車庫の構造計算書を提出しなければ車庫上に建物を建てることが許可されないことが判明した。そして、擁壁を作り直すには二〇〇〇万円ないし三〇〇〇万円の費用を要しまた、道路から四五度の斜面の後方に建築するとすれば僅か一〇坪程度の建物しか建築することができず被告井吹の計画していた建物は建てることができないこと、更に、車庫の構造計算書は関係官庁に保存されていないためこれを作り直すとすれば本件土地を掘削し車庫を壊して調査する必要があるが、これには莫大な費用を要し、また、車庫上を避けて建築すれば計画どおりの建物は建てることができないことも判明し、被告井吹にとっては、契約前に右事実を知っていたとすれば、とうてい売買契約を締結をする意思を持つことができないような重大な欠陥のある土地であつた。

(五)  そこで、被告井吹は、原告会社の浦川に対し、右事実を告げて善処方を求めた。浦川は、あらためて、世田谷区役所及び東京都庁において調査した結果、本件土地には被告井吹が指摘したような欠陥があることを知り、被告井吹に対し調査の不十分であつたことを認めたが、被告井吹より契約を解除してもらいたい旨の申し入れを受けるや同被告との連絡を絶ち、被告井吹が再三再四浦川に連絡をとろうとしたが連絡をとることができなくなつた。

(六)  被告井吹は、原告を通じて本件土地の売買契約を解除しようとしたが、右のように原告代表者と連絡がとれないため、同月二〇日ころ、直接被告会社代表者に対し、本件土地には前記のような重大な欠陥があるのに仲介者の原告がこれを告げず契約の所期の目的を達することができないことを理由に本件契約を解除する旨申し入れ、また、本件土地の購入及び建築のための資金の借入れを申し込んでいた金融機関(大正生命保険相互会社)に対しても融資を断つた。

(七)  被告井吹は、被告会社に対し、右契約の解除の申し入れをするとともに交付していた手附金三〇〇万円の返還を求めた。しかし、被告会社は、本件土地を前記のような欠陥のあることを知らずに前所有者から買い受け直ちに原告に現況のまま売却の仲介を依頼したものであり、本件土地の建築規制については原告が仲介業者の義務の履行として調査し被告井吹に告げるべきものであつて、被告会社には契約の解除につきなんらの責任もないから、手附金を返還することはできないとしてこれを拒んだ。そこで、困惑した被告井吹は、櫻本と対策を協議した結果、本件土地の後方の山を削り取り基礎兼用の擁壁を作れば約七〇〇万円位の出費ですませることもできるとの見通しを得たので(現実には一二〇〇万円位を要した。)、種々被告会社と交渉した結果、被告会社が、右費用の一部を負担し(実際には負担分だけ売買代金を減額する方法がとられた。)、また、被告井吹に土地購入等の資金借入れのため被告会社が特約している日本ハウジング・ローン株式会社を紹介することとなり(被告井吹は大正生命相互保険会社からは年利7.5パーセントで借りる約であつたが、日本ハウジング・ローン株式会社からは年利8.88パーセントで借りることとなつた。)、被告会社と被告井吹とは、従前の契約を解除して、同年一〇月二三日、あらためて代金一億一二〇〇万円(当初の契約より三二〇万円を減額)の約で本件土地の売買契約を締結した。

2  不動産の仲介業者は、仲介契約の本旨に従い、善良な管理者の注意をもつて媒介をすべき義務を負い、売主と買主との間を斡旋仲介するに当たつては、売買契約が支障なく履行され当事者双方がその契約所期の目的を達することができるよう配慮して、仲介事務を処理すべき業務上の注意義務があるところ、建物を建築しようとする目的で宅地を買い受けようとする者にとつて、当該土地の建築の制限に関する事項は契約を締結するかどうかを決定するための重要な事項であるから、仲介業者としては当該土地についてどのような建築制限があるかを誠実に調査しこれを当事者に告知すべき義務のあることは当然である(宅地建物取引業法三五条二号参照)。

前記認定の事実によれば、被告井吹は居宅建築のための用地として本件土地を購入しようとしていたものであるところ、本件土地には前記認定のように被告井吹が事前にこれを知つていれば契約を締結するに至らなかつたものと認められる(通常人であつても容易に契約を締結しなかつたものと考えられる。)重大な欠陥があつたのであり、原告が仲介業者として当然尽すべき義務の履行として調査をしていればこれを容易に知ることができたものと考えられるにもかかわらず調査を怠つたものと認められるから、原告には仲介業者として尽すべき義務の不履行があり、これに基づいて被告らは右欠陥に気付かないまま売買契約を締結し、その後右欠陥があることを理由に一旦契約が解除されるに至つたものというべきである。

4  ところで、仲介業者の報酬請求権は、一旦その仲介行為によつて売買契約が成立した以上、その後の契約当事者の責に基づく債務不履行等によつて契約が解除されるに至つたとしても、なんら影響を受けるものではない。しかし、仲介業者に対する報酬は本来その仲介義務の履行行為とそれに基づく成果に対する対価というべきものなのであるから、仲介行為そのものに仲介業者としての義務を履行したといえない瑕疵があり、その瑕疵が原因となつて、締結された契約に当初から内在する瑕疵を生じ、当該契約が無効となり、取り消され又は解除されたような場合には、仲介業者の報酬請求権は発生しないものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、前記のように、原告の仲介行為には仲介業者として尽すべき義務を履行しなかつた瑕疵があり、右瑕疵に基づいて被告会社と被告井吹間において本件土地の重大な欠陥に気付かず売買契約が締結され、その後右本件土地の欠陥を理由に一旦契約が解除されたものであるから、右のような事情の下にあつては、被告らに対する原告の報酬請求権は発生しないものというべきである(もつとも、前記認定の事実によれば、被告らの間においてその後更に引き続いて本件土地についてあらたに売買契約が締結されているが、このあらたな契約は、原告の仲介努力によつて成立したものではなく、本来ならば契約締結に至らなかつたであろう前記のような本件土地の重大な欠陥が明らかとなり被告井吹が契約維持の意思を失い解除の申し入れをしたのちにおいて、原告が被告井吹を避けてなんらの善後策をも講じようとしなかつたのに対し、被告らにおいて各自対策を考え相互に交渉を重ねた結果あらたな契約締結に至つたものであり、しかも、右あらたな契約締結によつても、被告らは原告に支払うべき報酬以上の多大の損失を被つているのであつて、なんら契約に瑕疵がないのに殊更原告を排除して報酬請求権の支払いを免れ利益を得ようとして従来の契約を解除してあらたな契約を締結したものとは認められないから、右あらたな契約が締結されていることは、なんら前記判断を左右するものではない。)

三そうすると、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(越山安久)

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